富士通信機事件


富士通信機事件

東京地方裁判所判決

1967年4月24日

労働民例集18巻2号366頁/時報482号35頁/タイムズ206号179頁

〔労基法の基本原則―均等待遇―信条と均等待遇(レッドパージなど)〕
 労働者の政党加入ないし政治活動という経歴は前記のように本件の場合本来労働力の評価について重要な事項といえないから、彼此併せ考えると、会社が原告を解雇するに至った根本的理由は原告が日本共産党員であること、すなわち、その政治的思想、信条にあったものと認めるのが相当である。
 (三)さすれば、会社の原告に対する解雇の意思表示は明らかに労働基準法三条に牴触し、公序に違反するから、形式的に就業規則上の懲戒事由に該当することを理由とするものであっても、その効力を生じるに由がないものというべきである。
 会社が原告をその提出した身上調書において秘匿された経歴のない人物であると信じて雇入れたが、その認識に誤りがあったことは前記認定のとおりであり、今日の取引社会においては通常の使用者の判断を基準とすれば、かような錯誤がなかったとしたら、おそらく右経歴から推知される思想、信条の故に原告に対し、雇入の意思表示をしなかったであろうけれども、元来、錯誤が法律行為の要素について生じたか否かは錯誤者の利益だけによって決すべきものではなく、社会観念上、錯誤者が当然その危険において受忍すべき事項に関するときは、これを理由として意思表示の効力を否定することは許されないと解するのが相当であり、一方原告の右経歴は前記のように労働力の評価について重要な事項といえず、これによって雇入を左右するのは、結局、右経歴から判明すべき原告の政治的思想信条を問題とするに帰するところ、労働力の取引につき労働者を、その思想信条によって差別することは憲法一四条、労働基準法三条の法意に照らして許されない以上労働者を企業の幹部要員として雇入れるにあたっても、思想信条という、その労働者の属性に関する錯誤は使用者の当然受忍すべきものというべきであるから、会社は原告の右経歴に錯誤があったことを理由として、その雇入契約の効力を否定し得るものではない。
 そして、被告は右意思表示のいわれとして、原告が右経歴を秘匿し、会社を誤信させ、これによって会社に原告の雇入契約をさせたことにある旨を主張し、会社が原告を雇入れるに至った経緯に被告の右主張に副う事実があったことは、さきに認定の事実から明らかであるが、日本国民がその思想、信条を表明することもまた、これを秘匿することも、その自由として憲法一四条、一九条の保障するところであり、この理は国家と国民との間のみならず、国民相互の間にも妥当すると解され、かつ本件においては右自由の制限を許容すべき特別の事情があるとも認め難いから、原告が右契約においてなした政治的思想、信条に関する欺罔行為は違法性がないものというべきである。従って、右欺罔行為によって会社が取消権を取得する筋合はないから、右取消の意思表示は効力がない。
 〔労働契約―採用内定―法的性質〕
 《証拠略》によれば、原告は昭和三五年九月九日会社に対し採用内定通知を受けると、すでに提出した身上調書の記載事項が事実と相反する場合には、会社が採用を取消しても異議がない旨を記載した誓約書を会社に差入れたことが認められ、右事実によれば、会社と原告との間には、右誓約書の授受により、右事由にもとずく解約権留保の合意が成立したというべきである。
 しかしながら、右合意が会社において日本共産党員又はその同調者を企業から排除するという政治的思想信条による差別待遇の企図に奉仕する目的のために結ばれたものであることは前記認定の事実に徴して疑う余地がないから、右合意は憲法一四条、一九条の趣旨に背馳し、公序に違反する以上、無効である。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―経歴詐称〕
 そして、会社が労働者を雇入れて、その労働力を使用するか否か、又はいかなる業務に使用するかを決定するため、これに先立ち、未知の労働力の評価に必要な事項につきその労働者に予め申告を求めることは企業目的遂行上欠かせない相当の措置であるというべきであって、会社の就業規則において経歴詐称を懲戒事由と定めた趣旨は、労働力の評価に必要な重要な経歴につき虚偽の事実を告知して、会社にその評価を誤らせた労働者は、これにより、その労働力を会社の企業組織に組入るべきでないのに組入れさせ、又は少くとも、その労働力の企業組織内における配置を誤らせて、会社の事業の円滑な遂行を妨げたものとして、懲戒処分に付することにしたものであると解するのが相当である。
 ところで、労働者の労働力の評価についていえば、労働者が雇傭契約にもとずき使用者に提供すべき労働力は労働者の単なる肉体的条件のみならず、精神的条件によって、その価値を左右されることを否定することができず、特に企業の幹部要員にあっては同僚と協調しながら、多数の部下を統率して、上司を補佐する労務に服するものであるから、その精神的条件すなわち知能、性格、教養ないし器量如何が労働力の価値を大きく決定する。従って、これを推知すべき事項は、労働力の評価に当然、必要となるものといわなければならない。
 (2)しかしながら、政党又は大学内外の諸団体加入の有無及びその活動状況もしくは社会運動に対する関心の程度の如きは労働者の性向の判断に全く関連がないわけではないが、少くとも会社のように物品の製造、販売を目的とする企業の場合には、使用者と労働者との間の労働関係が本来政治的、文化的色彩を帯有するものではなく、その意味で必ずしも全人格的接触を不可欠の条件とはしない以上、大学卒業の幹部要員についてもその性向判定のため、さして重要な事項とはいい難いのである。
 ところが、原告が詐称した前記経歴は右事項に関するものであるから、会社の就業規則にいう重要な経歴と解するのは相当でない。従って右経歴詐称をもって懲戒事由とする根拠は乏しいといわざるを得ない。

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