東京自転車健康保険組合事件


東京自転車健康保険組合事件
東京地方裁判所判決 平成18年11月29日
判例タイムズ1249号87頁

 1 本件事案の概要は次のとおりである。Yは健康保険法に基づき設立された公法人であり,国の健康保険事業全般を代行することを主たる業務としている。Xは,平成10年12月21日,Yとの間で,期間の定めなしとの約定で労働契約を締結してYに入社し,同日以降,総務課で勤務していた職員である。Yは,平成17年4月28日,Xに対し,事業の運営上のやむを得ない事情により,開設していた健康相談室を廃止する必要が生じ,Xを他の職務に転換させることが困難なためという理由で,解雇予告を行い,同年5月31日をもって解雇した(以下「本件整理解雇」という)。Xは,Yに対し,本件整理解雇は無効であるとして,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び本件整理解雇の意思表示後本件判決確定までの間の賃金,賞与の支払を求めるとともに,本件整理解雇は違法であり,これにより精神的損害を被ったとして不法行為に基づき300万円の慰謝料の支払を求めた事案である。
 2 本件の争点は,次の2点である。第1の争点は,本件整理解雇が有効かという点であり,第2の争点は,本件整理解雇が無効な場合,賃金(バックペイ),賞与に加え,慰謝料請求まで認められるのかという点である。
 第1の争点につき,本判決は,判断の枠組みとして,「整理解雇が有効か否かを判断するに当たっては,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性,手続の相当性の4要素を考慮するのが相当である。被告である使用者は,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性の3要素についてその存在を主張立証する責任があり,これらの3要素を総合して整理解雇が正当であるとの結論に到達した場合には,次に,原告である従業員が,手続の不相当性等使用者の信義に反する対応等について主張立証する責任があることになり,これが立証できた場合には先に判断した整理解雇に正当性があるとの判断が覆ることになると解するのが相当である」と判示した。その上で,本判決は,「本件整理解雇には,人員削減の必要性,解雇回避努力,人選の合理性について,いずれの要素についても立証がされていない」として,本件整理解雇は無効であると判断した。
 第2の争点につき,本判決は,「解雇された従業員が被る精神的苦痛は,解雇期間中の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり,これによつてもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実が認められるときにはじめて慰謝料請求が認められると解するのが相当である」との判断基準に依拠することを明らかにした。その上で,本判決は,「①本件整理解雇は,Yにおいて,退職金規程の改定,健康相談室廃止などの施策を実施しようとしたところ,これに反対するXが外部機関に相談すること等を快く思わず,整理解雇の要件がないにもかかわらず,本件整理解雇を強行したとこと,②Xは本件整理解雇時妊娠しており,Yは当該事実を知っていたこと,③XはYに対し本件整理解雇を撤回し,原職に復帰させるよう要求したが拒否されたこと」に照らすと,解雇期間中の賃金が支払われることでは償えない精神的苦痛が生じたと認めるのが相当であり,慰謝料として100万円の支払を命じるのが相当と判断した。
 以上の結果,本判決は,Xの請求のうち,①地位確認請求,②平成17年6月から本判決確定に至るまでの賃金,賞与の支払請求,③慰謝料100万円の支払請求を認容した。
 3 本件の最大の争点は,本件整理解雇が有効か否かという点である。整理解雇において何を主張立証すベきかについては,東京高判昭54.10.29判タ401号41頁〔東洋酸素事件〕がリーディングケースとされており,同判決は,使用者において,人員削減の必要性,解雇回避努力を尽くしたこと,人選の合理性を主張立証すべきであり,労働者側で手続の不相当性等使用者の信義に反する対応等を主張立証すべきであるとしている。そして,近時,同様の判断基準を採るものとして,東京地判平15.8.27判タ1139号121頁〔ゼネラル・セミコンダクター・ジャパン事件〕,東京地決平18.1.13判タ1217号232頁〔コマキ事件〕などがある。また,最近の整理解雇を巡る事案としては,東京地判平16.4.21労判880号139頁〔ジ・アソシエーテッド・プレス事件〕,名古屋高判平17.2.23労判909号5頁〔山田紡績事件〕などが参考となる。なお,整理解雇については,山口幸雄ほか編『労働事件審理ノート〔改訂版〕』30頁以下〔三浦隆志〕が要領よく問題点を整理分析しているので参照されたい。
 4 解雇と慰謝料との関係について,解雇された従業員が被る精神的苦痛は,解雇期間中の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり,これによってもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実が認められるときにはじめて慰謝料請求が認められると解するのが相当であるとした先例として東京地判平15.7.7労判862号78頁〔カテリーナビルディング事件〕があり,本判決はこれを踏襲したものである。なお,本判決は,本件整理解雇を無効として賞与請求も認容しているが,この点について,同様の判例として大阪地判平18.7.27労経速1948号13頁〔東光パッケージ事件〕があるので併せて参照されたい。

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