あさひ保育園事件


あさひ保育園事件
最高裁判所第1小法廷判決 昭和58年10月27日
労働判例427号63頁

上告人は社会福祉法人で、北九州市小倉南区においてあさひ保育園を経営している者であり、被上告人は保母として右保育園に勤務していた者である。
 昭和五〇年四月時点でのあさひ保育園の園児数は、措置児(保育児の定員)一五〇名、自由契約児(定員超過分の自由契約児)三五名の計一八五名であったが、同年六月三〇日付で一六名が新たに設立された東蜷田市民館保育所に転園したので、園児数は一六九名となり、さらにその後五一年三月に計六〇名の園児が卒園したのに対し、四月初めに入園した園児は三五名にすぎなかったうえ、同月三〇日には新たに開園した小鹿保育園に一八名が転園して行ったので、園児数は一二六名となった。
 この間、五一年一月一七日、上告人理事会は、東蜷田保育所および小鹿保育園の通園地区は、いずれも従来はあさひ保育園の通園地区であったが、これらは六ないし七キロの遠隔地区であるため、今後は右地区からの園児の入園はなくなるとの見込みから、それまでの定員一五〇名を一二〇名に削減することを決定し、北九州市に届け出たところ、同年三月一一日付で承認された。そこで、あさひ保育園では措置児が多く、したがって市から支給される措置費がその主たる運営資金であったため、これが右定員削減に伴い減額されることになったこと、前記園児の減少により、従前八名いた保母は六名でも足りるようになったこと、従前から保育園の運営費に余裕はなく、措置費の収入減少に対処するには人件費削減によるしかなかったことから、五一年三月五日、上告人理事会は二名の保母の整理解雇を議決した。そして、上告人は、右議決に基づき、五一年三月二五日、被上告人他一名の保母を解雇した。なお、あさひ保育園では、右解雇後ほぼ一年以内に二名の保母が退職し、五二年四月にはその補充のために新たに二名の保母を採用している。
 これに対し、一審は本件解雇を無効とし(福岡地小倉支判昭53・7・20労判三〇七)、二審もこれを維持した(福岡高判昭54・10。24後掲六四頁)。
 本判決も右判断を維持した。「事前に、被上告人を含む上告人の職員に対し、人員整理がやむをえない事情などを説明して協力を求める努力を一切せず、かつ、希望退職者募集の措置を採ることもなく、解雇日の六日前になって突如通告した本件解雇は、労使間の信義則に反し、解雇権の濫用として無効である」とする法理は、整理解雇に関する従来の判例の趣旨に沿うものであるが、最高裁がこれを採用したことの意味はかなり大きいというべきであろう。

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