エース損害保険事件


エース損害保険事件
東京地方裁判所決定 平成13年8月10日
判例タイムズ1116号148頁

本件は、損害保険会社Y社を普通解雇されたXらが、Xらには解雇事由がなく、さらには、解雇権の濫用に該当するから無効であるなどとして、Y社に対し従業員の地位の保全及び解雇後の賃金の仮払いを求めた事案である。
 Xらは、いずれも大学卒業後間もなくY社に正規従業員として入社して二〇年以上にわたり特に問題なく勤続していた。Y社は、従来、年功を基本とする賃金制度を採用していたが、これを能力・業績を反映する「新人事制度」に改め、また、「他社との競争力をつけるために事業費削減を進めるため」に人員削減や支店の統廃合を前提とした「中期経営計画」を組合に提案し、両者は、労使協議を行うこと、組合員・非組合員を区別することなく同一の制度を適用することを合意した。しかるに、Y社は従業員を五八〇名規模から四三〇名規模に削減するべく、希望退職を募集するとともに、新体制下の四三〇名分のポジションに従業員自身が応募してポジションを争わせることとし、これに応募しない又は応募しても選ばれなかった者は退職してもらう「社内公募」を実施しようとした。その後、Y社は組合に対して「社内公募に応じる義務はない」「応募しないことを理由に直ちに不利益な取扱いをしない」「整理解雇には組合との協議が絶対条件である」旨確認した。しかるに、Y社は、四か月ほどの短期間に、社内公募を実施したが、Xらを含む組合員ら二七九名は、社内公募に応じなかったため、これに応じた一四五名がほぼ希望のとおりのポストを得た後の残りのポストに配置された。その結果、部署・支店の多くの社員が入れ替わり、とりわけ、地方の各支店では従米の三分の二から半分くらいの人数で営業を行うことになり、業務引継ぎの不徹底等により混乱が生じた。この際、支店営業の経験自体がほとんどないX1は、ほぼ全員が異動した熊本支店営業課へ、地方支店での営業に必要な自動車免許がなく、同勤務は初めての為も前橋支店に営業職として配置された。その九か月後にY社はXらに自主退職することを勧告し、以降二週間毎の自宅待機命令を一三回繰り返した後に解雇した。
 Y社は、Xらの配転後の勤務成績・勤務態度の不良が就業規則上の普通解雇事由である「労働能率が著しく低く、会社の事務能率上支障があると認められるとき」に該当するとして、それぞれ一〇点以上の具体的な事例を主張した。Xらは事実関係を争うとともに、配転が不適切なものであったこと、Y社は短期間のうちにXらを会社から排除することを決定し、その意図の下にXらに対応したことなどから、解雇権濫用に当たるなどと主張した。
 普通解雇については、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないときには、解雇権の濫用として無効になる」(最二小判昭50・4・25民集二九巻四号四五六頁、本誌三二一号五四頁)、「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる」(最二小判昭52・1・31労判二六八号一七頁)として、解雇権濫用の法理が確立している。そして、この法理がもっとも典型的に適用されるのは、年功序列、終身雇用(定年制)の下、企業が新卒者を採用して教育訓練や人事異動を行うことにより必要な人材に育成していくという雇用システムにおいてである(菅野和夫・新雇用社会の法二頁以下、六五頁注二二。なお、今田幸子・ジュリ一〇六六号九七頁、労研四七九号二頁参照)。このようないわゆる「長期雇用システム」においては、いわば企業が従業員の人材育成を行う権利と義務を有するのであって、その結果として判旨一のような要素が検討されるべきことになる。
 本決定は、判旨一に引き続き、まずY社主張の具体例について検討し、それ自体はいずれも重大なものではないと判断し、これに加えて前記「社内公募」及びこれに伴う配転が不適切なものであったこと、それにもかかわらずY社はXらについて早い段階から組織から排除することを意図して行動していたことなどから、解雇は解雇権の濫用として無効であると判断した(判旨二)。なお、本件は、上記「長期雇用システム」からの脱却を目指すものとも考えられるが、その手法に大きな問題があることが前記判断を導く要因となったと思われる。
 また、判旨三について、仮払金額や期間は、保全の必要性や被保全権利の疎明の程度との相関関係等によって個別具体的に判断されるところ、本決定は、本案訴訟の進行、変更の可能性(被保全権利の疎明の程度が高度である。)から、決定時から一七か月と比較的長期間の仮払いを認め、この間に本案の第一審判決言渡しに至る可能性があることを考慮し、択一的にこれを終期としている。そして、X1については、子供たちの学費を賄うため自宅を担保に借金をしているなど、全ての賃金の支払が必要であることから、通常は保全の必要性が肯定しがたい過去の賃金・賞与を含めて全ての賃金の仮払いを命じたのに対し、為については、その生活費の実質や相当額の貯蓄を有することから月例賃金の半分以下の仮払いを認めるに止まった。
 なお、本決定は、本件の真の解雇理由は経営合理化策にあると見られることに言及しているところ、整理解雇等企業側の事情を理由とする解雇と、労働者本人の不適格性を理由とする解雇とは、別個独立に判断すべきことを当然の前提として、Y社の主張に従って後者として判断したものである。
 本件は、やや特殊な事案で結論も特に異論はないと思われるので事例としての意義はないが、いろいろな要素が含まれていることから、解雇権濫用法理についてやや詳しく説示していること、賃金仮払いの範囲について保全の必要性により個別に判断されることを示す好例であるため紹介する。

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